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信行って誰?荒木村重って悪い人?

30日の博多レジェンド公演でのお話。天国MCより。

村重「織田信長とか豊臣秀吉とか信行…」
下野・中西「誰?」

みたいなくだりがあったわけなんですが…そのとき、俺は、叫ぶか叫ばないか、すげー迷ったんです。戦国ヲタとして(笑)。

信長の弟!!

織田信行。尾張末森城城主。信長がいわゆる「うつけ」なんて言われる中で、信行は品行方正で、礼儀正しい武将。信長と信行の父である織田信秀の葬儀の際、信長は位牌に香を投げつけるとかいうかなりロックな素行であったのに対して、信行はごくごく礼儀的な振る舞いを見せていたらしいです。

まあ、その葬儀がある意味決定打だったのかも知れませんが、織田家は、信長派と信行派に分裂。織田家としては一応信長が当主だけど、柴田勝家、林秀貞、あとは土田御前(信長&信行の母)あたりは、信行のほうが相応しいと挙兵するも、信長にあっさりやられちゃう。信長は、実の弟も、柴田・林のような重臣も許そうとしたんだけど、まあ、信行は許された翌日からさっそく謀反の企てなんかしちゃって。これはもうどうしようもないよね、というわけで、信長は病気のフリをして、それを見舞いに来た(というよりは、弱っていることをいいことに殺してしまおうと思ってた?)信行を手討ち。

そう、一応ね、信行さん、実在の人なんですよ。

あと、あのMCで話題になったのが、荒木村重さん。村重違い(笑)。

下野「荒木村重ってそんないいことしたってイメージないんだけど」
中西「家族を裏切ったとか…」

というわけで、次は、荒木村重さんについて。

荒木村重信長の野望 創造より。

今、大河ドラマでやっている「軍師官兵衛」にも出てきます。この人、確かに、説得にやってきた黒田官兵衛を地下に幽閉してみたり、一族が皆殺しにあっている中、城を抜けだして、毛利側に奔って、自分は茶人として第二の人生を歩んじゃったり、確かに、下野さんや中西さんの言うとおり、客観事実だけで言えば…なんだかなあって人。

ただ、分からないんだけど、自分だけちゃっかり城を抜けだして…というのは、信長サイドによるネガキャンなような気もします。実際のところは、毛利から援軍を出してもらいたくて、自ら援軍を請いに行っている間に、織田軍の総攻撃に遭ったというのが正解なんじゃないかなあ…。アレですよ、佐々成政が徳川家康を説得するために、越中(今の富山県)から岡崎(愛知県)まで、立山連峰を超えた「さらさら超え」みたいなことをやろうとしてたんじゃないかなあ…。

荒木村重は武将としてはかなり有能だったと思われます。城と城下町を土塁や塀ですっぽり囲ってしまうという惣構えの築造といえば、関東を支配した北条氏のお家芸みたいに言われていますが、実は、荒木村重のほうが先にやっていたらしいです。伊丹市にはその名残があるそうで。

そもそも、なんで、こんなことになったのかも含めて考えると、荒木村重がまだ織田家についていたころ、本願寺攻めをしていたときに、村重の家臣がこっそり、本願寺に米を渡していたという事実が信長にバレ、その申開きに向かっている途中で「やっぱ許してくれないんだろうなあ」「だったら…」と反旗を翻してしまったという背景があるようで(諸説あり)。

まあ、これは、半分は、信長が悪いんだと俺は思います。許してもらえないんだろうなあなんて家臣に思わせてしまうようなことをやってきたから。それに、次回の「軍師勘兵衛」でも出てくるシーンだけど、そもそも、荒木村重が信長につくときに、信長は刀の先端にまんじゅうを刺して、村重に食えってやったりしてるんだよね。ノリでやってるのか、主従関係を試したくてやったかわかんないけど…俺が荒木村重だったら、同じように、最終的には反旗を翻したと思いますよ(笑)。

歴史的には、あまりいいイメージのない荒木村重だけど、知りうる限りの知識でいちおうフォローをしてみました。

ええと…誰得…

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