穴井千尋生誕祭を終えて…

(※自分で嫌になるくらいまとまりのない拙い文章になってしまいました。ご了承下さい)





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俺は何をしにここへ来たのだろう
俺なんかがここに居ていいのだろうか
ちーちゃんのスピーチが何故こんなに遠く聞こえるのか



重く靄がかかったような、はっきりしない、だが少なくとも決して良くはない、そんな思いにとらわれ、でもその正体が何であるのか自分でもよく分からず、言葉にすることも出来ずに、そして言葉に換えられないことに自分で嫌気が差し、そんな悪循環のまま生誕祭からあっという間に一週間が経ってしまった。
生誕祭で思ったこと、感想なんて本来すぐさま書くべきところ、それも出来ずに私的リクアワなどの企画ものの記事で茶を濁してしまった。だがそれこそ満を持して望んだ生誕祭なのだ。このまま消化せずに終わらせるわけにはいかないし、とにかくこうやって書いていくことで自らの心境も明らかになるのではないかと思った。そうでもしないと消化しないまま記憶も薄れてしまう。それだけは嫌だ。今日は休みで、外は冷たい雨。この機会は逃せない。

一年と少し前、由依ちゃんの生誕祭に参加し、そこで受け取ったものは濃密で重厚で、そして何より良いものだった。
研究生からチームKに昇格した頃からずっと見守り応援してきたのは間違いじゃなかったと思えたし、この先もずっと彼女のことが大好きでいるだろうと確信できた。そしてその上で、ひとまずAKBメンバーとしての彼女の成長は一通り見届けたという思いに至り、心の中に一つの区切りが出来て、推し卒をする決意へと至った。まさに円満、こんなに爽やかな気持ちで推し卒が出来るなんてこれ以上幸せなことはないと思った。

それに比べて今回、ちーちゃんの生誕祭を終えて、この自分の中に「特に何も残っていない」感じは一体なんだろう。それが自分でも分からない。その理由を知りたい。
きっと単純な話ではないのだろう。まずは、考えられる軽い要因から明らかにしていきたい。
一つは、淡々としていたからだろう。彼女の身辺、環境に大きな変化はなく、これからもチームHのキャプテンとして頑張っていくということ。だが別に、変化がなく静かに淡々と続いていくことは何も悪いことではない。
だが、グループの停滞感という目下の看過できない状況がある。そんな状況の中にいて変化がないから何か物足りなく思えてしまったのかも知れない。新年早々の記事に書いたことだが、去年のHKTは余りにも一気に登りつめ過ぎた。全国ツアーも紅白出場も成し遂げてしまって、未来に思い描く「まだ見たことのない景色」は一体あと何があるというのだろうか。

軽い要因と言えば席の問題もきっとあったのだろう。由依ちゃんの生誕祭の時はまさかの1巡0番、最前列ドセンだった。当時は例の悲しい事件が起こる前、柵なども無く、最前列からステージまでの距離は僅か2mだった。AKB劇場のセンブロ最前列は8席なので完全なドセンというのは存在しないのだが、私が座ったのは上手へ0.5ズレの右側。由依ちゃんが生誕祭の最中に立っていたのもまさにその上手へ0.5ズレ。
数mで0ズレという奇跡の超至近距離。さや姉からの手紙が読み上げられていくうち、由依ちゃんの目は少しずつ充血し、潤んできて、やがて涙のひとしずくが目からゆっくりこぼれるその瞬間を私ははっきりと見ていた。

それに対して今回のちーちゃんの生誕祭では入場巡を干されてセンブロながら最後列。サプライズではるっぴが登場した時、他のメンバーが「あ~(ちーちゃんが)泣いちゃった」と言った。だが、彼女が泣いている様子は自分ではよく分からなかった…



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しかし、グループの状況よりも席の事よりも、やはり最大の要因は自分自身の心境にあるはずだ。
もう何度も繰り返し同じ事を書いていて、正直なところまたこの事に触れるのももう嫌になっているのだが、それでもここでは書かねばならない。
私は昨夏の不祥事スルー事件以来、HKTの見方が大きく変わった。秋豚や運営どもは糾弾すべき社会の害悪だと思っているし、グループを社会の一員と認めていないし、メンバー達に対しても将来の夢を含めて長く応援するとかそんな思いも無くなり、その時その時自分を楽しませてくれる都合の良いアイドルであることしか求めていない。もちろんそんな状態で見続けることが異常だということは自覚している。こんなにも批判的でありながらメンバー達のことが好き過ぎてヲタをやめられない目下の自身の行いは、矛盾であり、妥協であり、ダメなのだ。
分かっているつもりでいながら、その事はすぐに心の奥底に隠れてしまいがちだ。だが今回、ちーちゃんのスピーチを聞いて改めてそれがどれだけ矛盾に満ちたおかしな行動であるか、それを突きつけられた気がした。

ちーちゃんは今年も総選挙があるなら16位以内を目指したいと言った。当然、客席は沸いた。
実際のところ、去年の時点でHKTでも七番手だったちーちゃんが選抜に入るのは限りなく不可能に近いくらい困難なことだ。だがここで重要なのは16位という順位の現実性であるとか、そんな具体的な事ではない。
彼女は普段自分の考えや心の奥を言葉にして発することが殆どない。これは良いとか悪いとかではなく、そういう性格、人柄なのだ。そしてそれはキャプテンとしてのあり方にもそのまま表れている。闘志を前面に押し出し、メンバー達の心情を積極的に代弁し、チームの旗を高く掲げて声高らかに先陣を切る、そんなちゅりのようなキャプテン像とはまさに正反対。
そんなちーちゃんが高い目標を、それも具体的な目標を、自分の言葉ではっきりと表に出して掲げた…それだけで、いかに秘めた思いが熱く、そして揺るぎないものかが分かる。
彼女がそうやって目標をしっかり掲げたこと、それ自体はとても嬉しかったし、胸を打つものがあった。

客席にいた多くのちーふぁむの中には、さらに彼女を応援していきたいという思いを新たにした人も多かったろう。もっと言えば、今年の総選挙はこれまでにないくらいぶっ込んでやるぜと鼻息荒く決意した人もいただろう。
だが、そんな客席の熱気と自身の心境とのズレを痛感し、そして思ったのだ。俺なんかがここに居ていいのだろうかと。
もう今後は総選挙には関わらないと決めている。たとえモバイル会員枠などの権利を所有していたとしても、誰にも一票も投票しない。この考えは昨夏の事件以来まったく変わっていない。変わらないからこそちーちゃんのスピーチを聞き、客席の心が彼女と一つになるのを感じて、自分一人だけ場違いなところに居るなといたたまれなくなった。

ファンって何だろう。推しって何だろう。
98中を貰った時、当時は「H公演に当たった翌日のKⅣ公演に投げる」などと言っていたが、結局はKⅣフルメン公演を単発で観に行ってしまい(その当時何故そんな風に思っていたのか、今となっては自分でもよく分からない)、その時から98中を投げるのは穴井千尋生誕祭以外にあり得なくなった。今年のちーちゃんの生誕Tシャツが発売される日には「絶対に入手しなければいけない」と11時ちょうどにパソコンの前で待ち構えて即ポチした。何より、公演のステージでいつでもやっぱりちーちゃんのことばかり目で追ってしまう自分がいる。

自分でも処理できない複雑な心境のままお見送りに出た。その一瞬だけは、ごちゃごちゃした感情はすべて吹っ飛んでしまった。ちーちゃんが余りにかわいくてもう魂が飛びそうになった。
アイドルグループだからね。みんなかわいいんだよ。でもちーちゃん以外の子では絶対にそこまでにはならない。やっぱりちーちゃんが一番かわいいし、ちーちゃんが一番好き。他のメンバーとは違う、特別な存在なのだ。
だって彼女は容姿も、性格も、限りなく自分の理想の女性像に近い。今でこそ自身の年齢とか身辺環境などからそこは完全に割り切って見ているが、もし自分が20代の頃に彼女と出会っていたらアイドルにガチ恋してしまって病んでいたかも知れないと思うくらいだ。



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ちーちゃんが一番かわいいから。HKTの中で一番好きだから。だから俺は穴井千尋推しです。でも総選挙とか投票しないです。グループ自体については批判的なんで。

それの何も悪いとは思わないし、まして他人にとやかく言われる理由など一つもない。
だが生誕祭のスピーチの時、彼女の言った事が凄く他人事のように聞こえ、ステージとの距離以上に彼女を遠く感じ、自分がそこに居てはいけないかのような思いにとらわれたのは事実だ。矛盾、妥協などと思いながら見続ける者のこれが業だと受け止めるしかないのだろう。

本当はこんな人間は誰の生誕祭にも入らずに、ライト箱推しの立場でいるのがふさわしい筈なのだ。でも「好きだからちーちゃんが一番」が今の自分の自然体。だからもう少しだけそれを押し通してみようかな、などと思っている。とりあえず来週末の全ツではまた生誕Tシャツを着て行ってちひろコールで絶叫してみよう。それで自分で何か違和感を感じたり、いや何よりもそうしたいと思えなくなったら、その時に何かが見えてくるのかも知れない。
何も変わらなかったら今のままの「矛盾、異常ヲタ」として、後味の悪い自然消滅的ヲタ卒をいつか迎えることになるのだろう。





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