公演における声援の重要性をつぶやいてみる

公演が盛り上がるか盛り上がらないか。

そんなことは、俺は、演者じゃないので、客がどうなっていたら「盛り上がっている」と思うかがわからない。遠い昔に役者のまね事をして、いわゆる「再現VTR」にパンパカパーンと出演して、自動車窃盗団のNo2役でテレビに出たことはあるんだけど(まあ、見た目怖いしね俺)、舞台には立ったことがないので、ステージから見える景色なんてものはわからない。

でも、必死に想像力を働かせてみて、いちばん、きっと、わかりやすいのは「声」なんじゃないかと思う。もちろんいろんな応援の仕方はあるけれど、いちばん、気持ちが届きやすいのはなんだかんだで「声」なんだと思う。そのあたりは、パジャマドライブ公演のアンコール曲「ワッショイB!」(ヨッシャHKTでもいいけど)の歌詞を見ると、なんとなく確信できる。

声をかけてちょうだい そこに あなたがいるエネルギー
名前呼んでちょうだい それが 私たちのモチベーション

実際に、俺が、観に行った公演での体感でしかないけれど、やっぱり、声って大事だなあと思う。遠方枠限定公演は、メンバーもお客さんもかなり盛り上がった良い公演だと思ったけど、「ワッショイB!」の歌詞のように、エネルギーやモチベーションをメンバーを感じてくれて、いつもより気合の入ったパフォーマンスを見せてくれたんじゃないかなあと俺は思う。

逆に、11日に観に行ったパジャマドライブ公演では、基本、俺の視線は下野さんにロックオンしてたから、正確な印象ではないかも知れないけど、あるメンバーは終始精彩を欠いているように見えた。後にその原因は体調不良的なものであることを知ったんだけど、実際に、あの日、彼女への声援はそんなに多くはなかった。そういう因果関係って、ヲタの自己満足なのかも知れないけど「全く無関係」ではないと思う。盛り上げれば盛り上げるほど、何かを返してくれるんじゃないかと思う。

実は、この関係性って逆も真なり。実際、劇場に入って、声援をおくるというのは、やっぱり多少の抵抗感はある(抵抗感を生む要因や状況はひとそれぞれだと思うし、抵抗感の程度も人それぞれ)。でも、その抵抗感を払拭するために、自分自身で何かを無理やり奮い立たせるのは難しい。どちらかといえば、応援しているメンバーのパフォーマンスを見て、高まってくるから自然と抵抗感も薄れていくというのが正しいような気がする。

声援って、ヲタの自意識過剰でなければ、アイドル・ヲタ間における、一種の対話で、双方が楽しくなるためのツールなんだと俺はいつも考えている。メンバーは、もらった声援をモチベーションに転化して、パフォーマンスで還元するんだろうし、ヲタはそんなサマを見てさらに声援を大きくする。メンバー得であり、ヲタ得である。

かくいう俺も、コンサートや公演に行き始めたころは、いわゆる、完全な地蔵だった。そして、声援の重要性に気付き始めたものの、周りの空気に飲まれて、不完全燃焼で終わってしまったことも何度もあった。俺のターニングポイントになったのは、去年の夏、HKT48がAKB48劇場で出張公演を行ったとき(昼)。あれは、結構、心にダメージが残った。俺自身にとって3度目の公演。

雨ピで被せミックス打つじゃないですか。周りがみんな静かで、俺は、人造あたりで恥ずかしくなって打つのをやめてしまった。でも、冷静に考えたら、そんな中途半端なことをすることのほうが、よほど恥ずかしいんだなあと思った。そして、その公演が、盛り上がってなかったと評されれば評されるほど恥ずかしかった。夜のほうが盛り上がったと聞けば聞くほど悔しかった。

俺は基本干され体質なので(下野さんを推すようになってから体質改善したような気もするけど)、どうしても思っちゃうんだよね。盛り上げたくても当選しなくて入れなかった人だっているだろうに、仕事や家庭の事情で来られなかった人だっているだろうに、盛り上がらなかったと言われるのはそういった人たちに申し訳ねーな、と。入ったからには声を出そうと心に決めたのは、あの出張公演があったからだ。

逆に言えば、あの出張公演で感じたことがあったからこそ、今、公演を観ることがより楽しくなった。演者がどう受け取っているかは完全に妄想だけど、俺は、声を出したら出した分、公演に来て楽しかったと思うし、勘違いでなければ、良いパフォーマンスをいっぱい見られているような気がするのだ。結局、トクをするのは、メンバーではなく、自分自身なのかも知れないけど、カネ払ってるこっちが、メンバーを喜ばすってのもある意味おかしな経済的な構図で、結局は、自分がトクできるかできないかが大事なのであって。そのプロセスの中で、メンバーもモチベーションにしてくれたら、より嬉しいなっていう思いが芽生えるだけの話で。

結局は、湧きたいから湧く。たったそれだけのこと。

逆説的だけど、そういう距離感ってなんだかんだで、ヲタとアイドルとの関係性には必要だと思うのよね、うん。結局、自分がトクをする最適解の求め方をすれば良くて、その求め方が俺は声援であるというそれだけの話。本当に何をしたら喜んでくれるんだろうって変な期待をするよりは、自分がより楽しむために理屈を突き詰めたほうが絶対に楽しいと俺は思う(俺自身実践できていない部分も多いけど)。

なんだか上から目線で申し訳ないんだけど、声を出すことに抵抗がある人たちの心に、ちょっとだけでも、響いてくれることを願いつつ書き綴った備忘。

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